2008年08月07日

育児日記2

次は娘が退院してきてから1ヶ月になるまでのお話です。

今思えば、この頃は睡魔との闘いでした。

なにしろ、娘の睡眠サイクルは2〜3時間。授乳に慣れないために1時間
かかり、寝かしつけるのに1時間。ようやく落ち着けるのは娘が眠った後の1時間になりますが、これもゲップがうまくでずにそのまま寝かした後などは、吐いたミルクでのどがつまり窒息する危険があるので、気になって眠っている娘をじっと見ていたりして、自分が眠れることはあまりありませんでした。

そのため1日睡眠1〜2時間で過ごす日がほとんど。
夫は激務の部署のため、休みの日以外手伝ってもらうことが叶いませんでした。でも、外に出られない私にかわり、お買い物や色々な手続きなどをこなしてくれた夫に感謝しています。

この1ヵ月は家事をするのが不可能だったので掃除も片手間にさらっと。娘の衣類やタオル・シーツなど洗濯物は多くなったので洗濯は毎日していました。

いちばん困ったのは食事です。母乳をちゃんと出すためには3食きっちり栄養を考えてとる必要があります。しかも、妊娠中毒症の症状で血圧がいまだ高めだったので減塩で、仕事をしている夫のためにも食事は気を使わないといけません。


私の場合、実家が遠く、誰も手伝いに来てくれなかったので食事については気をもみましたが、色々調べた結果、セブンイレブンで提供しているセブンミールという宅配飲食を1食だけとることにしました。

このセブンミール、コンビニ弁当の味とは異なり、塩分・栄養バランスまできっちりコントロールされていて、味も家庭的でした。弁当・惣菜・パンなど様々選ぶことができて、家まで運んでくれて、レンジで温めるだけなので重宝しました。

そんな感じで1ヶ月過ぎるまでは家事は手抜きし、娘のお世話に明け暮れました。正直、娘のお世話以外にほかの事をする余力はいっさいありませんでした。毎日目の下にクマをつくって、よれよれになりながら、娘が泣いたらかけよる日々です。もちろん昼夜の区別なんてありません。24時間体制です。


また生後1ヵ月までの間、外気に慣れておらず鼻毛もない娘は、ひどい鼻づまりになりました。まだ口呼吸ができないので、ミルクを飲むのも苦しがるくらい鼻づまりがひどかったです。鼻くそもすんごくつまっていて、毎日、鼻水とり器で吸っていました。

息苦しいと辛いのはあたりまえです。娘は毎日ぐずりました。そんな娘を見ていると心配で、私の鼻をかわりに付け替えられたらと本気で考えました…。


さらに、この頃乳児湿疹にも悩まされます。この湿疹は乳幼児にみられるもので、皮脂の分泌が激しいために起こるらしいのですが、すっごくかゆいらしく、顔中真っ赤で、いつも顔をひっかいて、ひっかき傷だらけでした。これは病院に相談して軟膏をもらってつけるうちに少しずつひいていきました。

そして、うんちが酸性のためにおしりも少しおむつかぶれになり、これも毎日軟膏をぬっていました。


この世に生をうけて1ヵ月にも満たない娘です。この世界に慣れるのに必死な娘と、そんな娘のお世話に必死な新米ママ。それはそれは大変で疲労が蓄積する1ヵ月でした。


娘の要求が何なのか、それをただただ知りたいと思い願った1ヵ月。この1ヵ月ほど超能力があったらと真剣に考えたことはないかもしれません…(笑)。何かほかの事をしたり、外に目を向けたり、そういう余裕が皆無な日々だったなぁ〜。


たぶんこんなに疲れたのって人生初というくらい。
育児はどんなお仕事より大変だと、個人的にしみじみ思いました。

ただ、娘はいつだって可愛いです♡
もちろん、いまも100%ラブなのです♡


育児日記3に続く〜。
posted by みん子 at 00:10| Comment(17) | TrackBack(0) | ベビー♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月02日

育児日記1

さてさて、初の育児日記更新です。

予定日より1ヶ月早く産まれた娘。低体重児としては大きい2346gでしたが、問題になったのが36週0日で産まれたということでした。

本来ならあと1ヶ月子宮の中にいて、必要な栄養をもらっていたはずです。骨の発育に必要なカルシウムやリンなどを、娘は私からもらう前に産まれてしまいました。

そこで病院では、娘の退院目標を体重2500gその他栄養素の定着後としました。

産まれて数日間はカルシウムやリン、ビタミンなどを点滴しました。娘の薄い皮膚に点滴の針が刺さっているのを見るのが何より辛かったです。

そして同じ病院にいるのに離ればなれ。娘の状態いかんでは初乳をあげることが難しいかもと言われました。

でも娘は頑張りました。一生懸命栄養をとって、二日ほどで口からミルクを飲むようになります。

飲む量は他の赤ちゃんより少ないけれど、飲むスピードは誰よりも早かったな。

出産から3日ほどで、初乳をあげる許可がおりて、はじめて乳首を吸った時も、小さいお口で、それはそれは一生懸命吸ってくれました。

その時、娘の生きたいというたくましい本能を感じて、涙がでました。うちの娘、カッコイイなって誇りに感じました。

私の入院中はずっと別室だったのですが、病院の計らいで私の退院前日に1日だけ母子同室が許可されました。まるで壊れそうな、大切な大切な宝物がそばにいるみたいに感じて、抱っこするのもおっかなびっくり…。

新生児だから、眠ってる時間の方が長いけれど、たまにオメメを開けた時は、嬉しくてドキドキして。

結局、その晩はほとんど寝ないで娘に付き合いました。

驚くことに、次の日から、娘はミルクを倍量飲むようになりました。看護師さんが「お母さんと一晩過ごしただけでこんなにミルクを飲めるようになるんだから、赤ちゃんて不思議だね。どんな時も赤ちゃんはお母さんが大好きなんだよ。」と話してくれました。


退院する時は、娘を病院に残していかなければならない辛さで身をきられる思いでした。

退院翌日から、母乳をあげるために片道一時間かけて産院通いを始めました。

授乳時間は3時間おきなので、朝一度病院に行ったら夕方まで時間をつぶしつぶし帰れませんでした。妊娠中毒症で産後も血圧が思うように下がらない中、ふらふらしながら病院に通いました。

でもそのかいあってか、娘は日に日に体重を増やし、予定より大幅に早く3日で退院することができました。

娘を家に連れて帰った日は嬉しくて、夢みたいで、なんだか有頂天。それから始まる、睡眠2時間生活のことなど、少しも懸念することなく、その日の私はわくわくしていました。

育児日記2につづく〜
posted by みん子 at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ベビー♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

出産体験記2。

出産体験記の続きです〜

さてさて、産婦人科の病院としては札幌でも有名な病院へ搬送されたのが午前9時半をまわった時刻でした。そこの病院はLDRはなく、分娩予備室なるものがあり、そこへ運ばれました。

分娩予備室は6室くらいあり、そのすぐ横に分娩室があります。予備室といっても、しきりで仕切られているベッドが6つあるだけで音などはまる聞こえです。分娩室の音も全て聞こえました。

入ってすぐに、今度はその病院の術着に着替え、お産セットも別のをもらいました。すぐに内診があり、子宮口は7センチと変わらず。

その病院でも検査が始まります。血圧測定に、ノンストレステスト。血液検査、尿検査などです。そうそう、前の病院から続けていた抗生物質の点滴もさらに追加されました。

この時点で、私の陣痛もかなり強くなってきていて、夫と話すのもつらくなってきていました。痛みの強さは耐えられる限界近くといった感じです。

色々な検査のために一時間近くかかりました。搬送先の病院で必要だということは理解できるのですが、すでに子宮口7センチで痛みに耐えながら、検査をされるのはものすごく辛かったです。

その間、夫は、新しい病院で必要だといわれた出産準備品を買いに外に出てしまいました。

そして、ようやく検査から開放され、陣痛とひとりで向き合う時間が始まります。痛みはどんどん、どんどん、ひどくなります。この時点で私が人生で経験した痛みのさらに上をいく痛みになっていました。

もう、「痛い」と言葉にださずには耐えられない痛みでした。そして、痛みが終わる目標がほしくて、助産師さんにあとどれくらいの時間耐えればよいか聞くと、

「子宮口が1センチ開くのに1時間かかかるのよねぇ、だからみん子さんの場合はあと3時間くらいかしら?いきみたくなったらよんでねぇ♪」といとも簡単に言ってくれちゃいました。

あと3時間!?この痛みに3時間も耐えるのかよ!!!と少し逆ギレしつつ、いまは耐える以外、逃げ道さえもないことに気づき、意気消沈。

助産師さんも看護師さんもいなくなり、夫もいない分娩予備室でただひたすらに痛みに耐える時間が続きました。そして一時間もしないうちにMAXの痛みがやってきます。

出産がはじめての私は、「きっと、陣痛ってもっと痛いはず。痛みに弱い私は、こんな半端な痛みが最大だと思ってるんだ。まだ耐えなくちゃ!まだナースコールは押せない!!!!」とさらに頑張りました。もう、「いたーい!!!!痛い!!」と叫んで、ベッドをたたきまくりながらそんなことを思っていました。

でもその格闘もむなしく、尋常ではない痛みがやってきます。そしてかすかにふんばりたい感覚が湧いてきたのです。

も、っもう耐えられない!!これ以上は無理ですからっ!!!!!

そして耐えきれずナースコールを押すものの、「どうしました?」という問いかけに言葉がでず、「はっぁ、はっはっ」と吐息で返答。

「今いきますよぅ♪」とほんわかしている助産師さん。若干、いらだちながらも、来てくれた助産師さんの顔をみて少しホットする。

そこで内診。

「…。」
「……!!!」
「まぁ!!」

「あら!!!子宮口全開だ!!あらあらっ!!急いで分娩室へ移動しましょう!」

なっ、なんだって!?
子宮口全開???

だからこんなに痛いのか!!!!


そしてあわてて分娩室へ移動。
あっというまに分娩台へのり、助産師さんの指示のままにいきみ始めました。そうこうしているうちに夫が到着しました。

痛みの波にあわせて、踏ん張るのですが、あごをひいて息を止めて、分娩台のレバーをひきよせながらいきめという指示のとおりなかなかうまくできずに苦労しました。そのうち医師がやってきます。

そのとき私は意識朦朧としていてよくわからなかったのですが、先生の判断で吸引分娩に切り替えられたようです。

「それじゃあ、機械が入るから切るよ。」と医師。

切るって何?と思っているうちに、チクっという痛みのあとにチョキンと何か切れる感覚がおしもにありました。でも切れる痛みなんかよりはるかに大きい痛みと格闘中なので、会陰切開の痛みなど屁でもありませんでした。

吸引の機会が挿入され、さらにいきみますが、うまくいかず次のいきみをするかと思っているところに、さらにもう一人医師が登場。ふらりと現れて、次のいきみにあわせて、私のおなかをおもいっきり押しました。

そして、その瞬間「もういきんじゃダメ!!!」というかけ声が。
「はっぁはっぁはっぁ」と息をしていると、ズルンっという感覚とともに、元気のよい泣き声が聞こえたのです!!!

そう、この瞬間、私の愛しい娘がこの世に誕生したのでした。

続けて胎盤がでるはずが、うまく出ずに、医師が手をつっこんでかきだしました。これも通常ならば相当痛いはずなのですが、このときは人生最大の痛みと戦い、消耗していたため、全ての感覚がオフになっていました。この胎盤がでる痛みもたいして強く感じなかったのです。


私はただ脱力して、慌しく動く医師や看護師さんの動きをぼーっと見ていました。その間も赤ちゃんは絶え間なく泣き続けていました。赤ちゃんは産湯につかり、いろいろ準備があります。

これから先、私はあまり記憶が定かではないのですが、夫の話によれば私はずっと「赤ちゃんは元気?大丈夫ですか?」と聞いていたそうです。

赤ちゃんの準備ができ、私の元に看護師さんが抱いてきてくれました。でも、低体重児のためすぐに新生児室に運ばなくてはならないとのことでほっぺたにキスをしただけで抱っこはできませんでした。

その後、夫が退室し会陰切開のあとを縫うことになります。私は予想以上に切れていたらしく、医師からこんなつぶやきが。

「いやぁ、切れたなぁ〜〜。」

私はおしもをちくちく縫われている間も、ぼ〜っとして痛みはほとんど感じませんでした。麻酔のチクっという感じだけをよく感じました。この後、分娩予備室に戻り、2時間近く休むことになります。ここで私は少し眠りました。

結局、私は搬送されて40分足らずで出産しました。出産に要した時間は8時間ちょっと。子宮口7センチから全開までが極端に短時間だったのです。安産の部類に入るのかなぁ。

私の出産体験記はこんな感じです。


そうそう、産後ですが、麻酔がきれると出産時に平気だったおしもの痛みがやってきます。この痛み、なかなか辛いもので、トイレで尿をするのもこわごわな感じでした。でも2〜3日するとこれも平気になります。その間、消毒しながらこわごわ用を足していると、そのうちに耐え切れずにウォッシュレットを使い始め、そしてシャワーを浴びてさらに平気になります。

でも、座るのはいぜん辛いので、ドーナツクッションをお持ちのかたは用意されたほうがよいと思いますよ!

ではでは、本日はここまで。
次回ははじめての育児日記を書きたいと思います!
posted by みん子 at 10:52| Comment(2) | TrackBack(0) | ベビー♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

出産体験記1

育児の大変さにかまけて、すっかりブログをほったらかしにしていました。今日も、娘の授乳のため睡眠時間2時間の多少ハイな精神状況でブログを書いています。ママ業って本当に大変です!!

さてさて、今回は出産体験記として、私の体験した出産を書きたいと思います。

出産の始まりはおしるし、陣痛、破水と様々ですが、私は5月8日未明、深夜2時近くに突然破水しました。普通に寝ていたのですが、何か尿漏れのような感覚を感じて、目が覚めてトイレへ行こうと立ち上がった瞬間、自分では止めることができないあたたかい水分が流れ出しました。それはもうドバドバと…。

しかも、なぜか足が震えて寒気がして立っていることがつらく感じました。自分でも驚くくらいに焦りました。たぶん妊娠中毒症だったので血圧が上がっていたためかもしれません。慌てて隣で寝ていた夫に声をかけました。

「ねぇ、私、破水したみたいなの!」

いつもむかつくくらい冷静沈着な夫が、驚いたのと寝ぼけたのとでなぜかベッドの上に仁王立ちしました(笑)。

それから、病院に電話して、状況を説明。かなりな量の破水であること、陣痛はないこと、破水したのは午前2時近くであることを伝え、ナプキンをあてて、バスタオルなどでガードしてタクシーで病院へ向かいました。このとき、妊娠中毒症で入院していた際の荷物をそのままにしてあったのと、妊娠準備として別に入院セットを用意していたので、それをそのまま持って行きました。病院へむかうタクシーの車内を汚したら悪いので、用意していたビニールシートを使いました。


病院に着いて、看護師さんの顔を見てすごく安心したのを覚えています。「あぁ、出産のプロがいる場所にいるからもう大丈夫…。」

病院に着いて、まずは体重測定。その時点で体重が1キロ以上減っていました。つまりそれだけの量の破水をしてしまったということです。

この破水の量ならば、すぐに陣痛がつくだろうとのことでLDRに入りました。LDRに入ってから、病院のパジャマに着替えて、病院でくれるお産セットに入っている産褥ショーツと産褥ナプキンに取り替えました。立っていると破水が止まらないので、すぐに横になりました。

そして血圧測定と胎児の心音確認のためのノンストレステストをしました。そして、陣痛が始まるまでLDRで待つよう指示されます。色々検査が終わって、助産師さんの内診がありました。

この内診、子宮口の広がり具合を確認するものなのですが、ぐりぐり触られるのですっごく痛いです!この時点では子宮口はほとんど開いていませんでした。

その後、一時間くらいしてお腹が痛みだしました。痛みの種類としては生理痛の少し辛いバージョンみたいな感じで、それが10分間隔でやってきました。その後、痛みの感覚がどんどん短くなり、痛みも強くなってはくるものの、なかなか10分感覚から進みません。まだまだ耐えられる痛みでした。


早朝になり、再び内診。その時点で子宮口は4センチでした。そして早朝、陣痛がいったんひいてしまいます。前日からの疲労もあってか、私はそのまま深い眠りにつきました。一時間ほど熟睡して起きると、朝食がきていたのでそれをばくばく食べました。

そして朝8時くらいになって、陣痛の感覚は7分程度に。痛みはあるものの下痢のひどい時のような痛みの強さで、まで許容範囲です。


日勤の医師がでてきたのでエコーと診察が始まりました。破水が多かったので胎児の大きさが確かではないが、まだ2300グラムいっていないかもしれないこと、中毒症のために血圧が150台/100台と高いこと、いままでになかった尿たんぱくとむくみも出ているとのことでした。


私が通っていた病院では低体重児をカバーできる小児科がなく、一番問題になったのは、週数が36週0日と早産であることでした。そして、院長先生の決断で提携先の大きな病院へ急遽搬送されることになりました。

移動前の内診で、子宮口は7センチ。搬送手段は救急車でした。この救急隊員のきびきびとした動きにすこし癒されたものの、救急車の中で、陣痛がどんどん強くなります。腰が強く痛むのと、痛みを耐えるために頑張ってふうふう言葉にだして呼吸をするのがやっとでした。



この続きは出産体験記2で。
posted by みん子 at 09:52| Comment(7) | TrackBack(0) | ベビー♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月10日

突然やってきた!!!

減塩生活の徹底を掲げていましたが、そんな努力も虚しく…。8日未明に、まだ妊娠36週0日という時期に突然破水!8日のお昼頃…、私産んでしまいましたexclamation×2

予定日より1ヶ月ほど早産なうえ、赤ちゃんが小さく、私の血圧も157/100と危険ゾーン。産みたかった産院から別の病院へ搬送されての出産となりましたふらふら

搬送先の病院で、必要な検査をしているうちに、あれよあれよという間に40分後には子宮口全開ダッシュ(走り出すさま)助産師さんも驚く早さで産まれた私の小さな小さな娘ぴかぴか(新しい)

2346gの早産低体重児になってしまい、同じ病院なのに病室は離ればなれ。小さな腕につながれた点滴を見る度に涙が出そうになります。

でも、小児科の医師いわく経過は順調とのことなので、一緒には退院できそうにないけど、娘の入院期間は2週間程度の予定です

あまりの突然の破水から始まってパニックの連続で産むことになり、お産の感動もどこへやら。出産直後私が口にした言葉は「赤ちゃん元気ですか!?」だったらしいです。

今は産褥2日目で体のあちこちがちと痛みます。落ち着いたら、破水から出産に至る詳しいお話アップしますね!

しかし、赤ちゃんって可愛いですねぇ黒ハート彼女を抱っこすると私、ふにゃふにゃですたらーっ(汗)
posted by みん子 at 07:40| Comment(4) | TrackBack(0) | ベビー♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月04日

塩分のおそろしさ!

退院して数日経ちました。毎日血圧を測定しますが、やはり下の血圧が90台なことがあり気をぬけません。

家に戻り塩分に注意していますが、皆様、塩分とナトリウムの違いをご存じですか?

コンビニ弁当や外食時によく、「ナトリウム●●mg」と表示されていますが、これ、実は純粋なお塩の量ではないらしいのです。純粋な塩分量の表示は「塩分相当量●●g」と書かれています。


例えば、昨日見たコンビニ弁当には「ナトリウム1080mg」とありました。1000mg=1gだから、まだまだ塩をとっても余裕!と思いがち。だって高血圧の人が一日許容される塩分量は5〜7gくらいです。

でもナトリウムは塩分ではないのよ!ちゃんと変換式があります。

塩分量(g)=2.54×ナトリウム(mg)÷1000

この式にあてはめると、弁当の塩分量は2.74gにもなります!弁当にみそ汁をつけようものなら、あっという間に塩分5gはこえてしまいます!


中毒症で塩分を気にしないといけない身になり、はじめて知った、外食の塩分量の多さ…。健康な人でも塩分一日10gくらいがベストと言われています。皆様もご注意を〜
posted by みん子 at 09:21| Comment(2) | TrackBack(0) | ベビー♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

退院←条件つき

妊娠中毒症で一週間入院していましたが、血圧の経過がよかったために、絶対安静の条件つきで昨日の午後に退院許可がおりました(感涙)。

血圧が落ち着いたといっても、中毒症血圧ギリギリラインまで戻っただけで、昨日の朝の血圧は上138・下87…。本当にギリギリなのです。

でも、中毒症で入院された方は体重が2〜3キロ落ちるものですが、私は退院時の体重に何の変化もありませんでした。


妊娠してからツワリで10キロやせたのと、その後も半ば意地になって体重管理をし、さらに2キロ落とすという努力を認めてくれたのかもしれません。

先生もこれ以上体重を落とす必要がなく、私の場合、体重の増減と血圧の高低があまり関係していないということがこの一週間でわかったらしいのです。この一週間で血圧が落ち着いたのは、単に、家事も何もせずに寝てばかりいたのがよかったのだという結論となりました。


それならば、家でのんびり絶対安静していたほうがよいとの判断で退院許可がおりたのです。本当に、一週間、ただ食っては寝て、寝ては食っての繰り返し。することといえば、血圧測定と胎児の心音確認。そしてノンストレステスト。日常の動作といえばそれだけでした。


前にも書きましたが、「暇つぶし」が最大のテーマだったような気も…。仕事の合間を抜けて会いにきてくれる夫の顔を見るのが唯一の楽しみでした。


そうそう、妊娠中毒症は健康保険が適用になるので、今回の入院に関する費用は入院の実費分と、純粋な妊婦健診(保険適用外の検査)分を含めて5万円以内の出費となりました。私は婦人疾病特約つきの保険に加入しているので、何とか今回の入院費用はすべて保険でペイできそうです。


妊娠にまつわる様々な疾病がありますが、これについては婦人病特約をちゃんと確認して、妊娠前に保険に加入していないと、妊娠して中毒症とか帝王切開とかになってその費用に慌てても、そのときではもう手遅れです。これからの妊娠を考えている方は、その前に、じっくり今の入院保険を見直すことをオススメします。


一週間程度の今回の入院だと、健康保険の高額医療にもあてはまらず、いちばん損くさいですので。しかも月をまたいでの入院だとなおさらです。


家に帰って一晩ゆっくり寝たわけですが、やっぱり家はよいものです。私の入院していた病院にも、中毒症や切迫早産で入院されている方がたくさんいらっしゃいました。みんな、お腹の中の命を守ろうと、必死に頑張っています。でも、妊娠に関するトラブルについては妊婦さんが自分でできる努力というのはあまりに限られていて、中毒症の私でいえば、ただ「横になっていること」ぐらいしかできることはありませんでした。


そんな自分が歯がゆくて、自分の体質のせいで赤ちゃんが子宮の中で苦しい思いをしているのではないかと自分を責めたりして…。病室で一人悩んだり…。迷惑をかけている家族に申し訳なくて肩身が狭かったり。みんな心に様々なものを抱えて、お腹の中の命を、無事に外に出すことを目指して頑張っていました。

当然、普通に健康に出産を終えて退院されていく妊婦さんもたくさんいるのですが、その退院姿を見送るのがこれまた切なくて。たった一週間の入院の間、お知り合いになった妊婦さんがママになって退院していくのを何度見送ったことか…。みんな幸せそうに、新生児を抱っこして、これまた幸せそうにしている家族と退院していくのです。


そう!「私だってあんなに幸せそうに安産で出産して退院してやるんだから!!!」と心に強く思いました。


昨日退院するときに、仲良くなった助産師さんが「もう、中毒症で戻ってこないでね。赤ちゃんを産むのに戻ってくるのは大歓迎!」といって送り出してくれました。本当に、あと数週間で私はそのときを迎えます。それまで、家に戻って、また血圧が高くならないように、私なりの努力を続けるつもりです。


減塩・低カロリー食。そして無理はしない!

これを徹底して、無事に下から産んでやりますとも!!!!

ということで、これからは家での減塩との戦いについてブログをアップしていきたいと思います。我が家にある「高血圧の人のために食事」という本を参考に、減塩しょうゆと、減塩みそを相棒に頑張ります!
posted by みん子 at 09:23| Comment(2) | TrackBack(0) | ベビー♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月28日

妊娠中毒症で入院5

入院5日目です。

喜ばしいことに、5日目にして血圧が下がってきました。明日も経過がよければ退院へ向けて加速づくかもしれません。

ちなみに、病院食を毎日観察して気づいたのですが、タンパク質盛りだくさんで、野菜は少なめです。

今日の朝食は、タラのみそ焼き、鶏肉の八幡巻、ニラの玉子とじ、ナスビの味噌汁、煮豆にマロンケーキでした。野菜は味噌汁に入っていたナスビと大根のみ。
魚、肉、玉子と朝食だけで3種類もタンパク質があります。高タンパクですが、一日の他のメニューもそんな感じなのです。減塩低カロリーでメニューを組む場合にはこういう食事がベストなのかしら?

きっともうすぐ退院になるわけで、あと1ヶ月は自力で血圧が上がらないように努力ですが、こんなメニューばかりにした方がよいのかな?

それとも、単に食事だけじゃなくて、寝てばかりいるのがよかったのかな?確かに、低カロリー食でも体重は全然減らないんだよね。

何がよくて血圧が下がってるの??

わからない!
帰ったらどうするの!私!
posted by みん子 at 15:39| Comment(2) | TrackBack(0) | ベビー♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月27日

妊娠中毒症で入院4

入院4日目です。
昨日、医師からとりあえずこの管理入院は一週間をめどにと言われました。

血圧も体重も家にいる時とさほど変わらないので、それならば家にいる方がよいとの判断なのでしょう。

そして今日、先日行ったおりもの検査でB型ようれん菌というのにひっかかりました。

この菌、人体の粘膜系に比較的よくいる菌らしいのですが、妊婦がこの菌を産道付近に有していると、出産時に胎児に感染し、感染した胎児のおよそ1%が脳髄膜炎を発症するらしいのです。

でも治療法は確立していて、妊娠中に陽性と判明すれば、ペニシリン系の抗生物質の投与を。そして、陣痛が始まってからは出産までの6時間おきに抗生物質の点滴をすることで、胎児への感染を防げるのだとか。

私も今日から抗生物質を飲み始めました。この事前の抗生物質で陰性になる妊婦も多いみたいなので、そうなってくれることを祈るばかり。

本当に、妊婦って色々大変です。こんなトラブルばかり起きるからそう感じるのかな?何人も産んでる人はスゴいや。私には到底マネできそうにない。

一度、中毒症になると、次の妊娠でも中毒症になることが多いらしいしね。

今日はここまで!
posted by みん子 at 15:23| Comment(2) | TrackBack(0) | ベビー♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月26日

妊娠中毒症で入院3

中毒症で入院して3日目になりました。


食事の管理が効いたのか体重が500g減りました。家で食べている食事よりしっかりした味で、はるかに満腹になるのに、痩せるだなんてねぇ。

血圧は下がりもせず、上がりもせず。中毒症重症一歩手前というところでノラリクラリ。とりあえず、管理入院は一週間の様子見で以降は症状により決定するみたいです。

安静生活をしなければならないので、見舞いにきてくれるという友達もお断りさせてもらいました。

母は遠方にいて来てもらうのも難しく、夫は激務の部署のため毎日帰宅が深夜つづき。それでなくともこの入院で迷惑かけどおしで、これ以上何物も求めることなどないのです。

そうなると、この入院で何がいちばんの問題かというと、孤独以上に「暇すぎる」という点につきます。暇を持て余したいと思う人間はこの地球上におそらく何万人といるわけで、要するに私は幸せ者ということになりますが、一日が本当に長い!

明日も一日どうしたものか。幸せものの我が侭は続く
posted by みん子 at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ベビー♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。